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寒くて眠れない夜、ひとり暮らしの部屋で自分にだけ優しくなれなかった理由

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布団に入っても体も心も温まらない、寒い夜に考えすぎてしまう私の本音

眠る女性

夜って、昼の延長みたいな顔をしているのに、ぜんぜん別の場所になる。

今日の私は、布団の中でひとり、寒さに負けたまま、寝付けないでいる。
エアコンはつけたくなくて、でも切ったら切ったで、部屋の隅に冷気がたまっていくのがわかる。暗い天井を見上げながら、呼吸の音だけがやけに近い。

時計は、たぶん日付を越えている。
スマホの画面を見れば正確な時間はすぐわかるのに、見たくなくて、見ない。数字を知ったら、余計に眠れなくなる気がして。
体は横になっているのに、心だけが「まだ今日を終わらせたくない」と言い張っているみたいだった。

冷えた指先をもう一度丸めて、布団の中で膝を抱える。
部屋着のスウェットが、いつもより頼りなく感じる。洗濯のタイミングを間違えたのか、乾燥機に入れたときのふわっと感が消えてしまった。
そういう小さなことが、今日の自分を露骨に裏切ってくる。

今日は、うまくいかなかった。
大きく失敗したわけじゃない。誰かに怒られたわけでもない。
でも、うまくいかなかった。私の中では。

仕事終わり、駅のホームでコートの襟を立てたとき、風が首元に入り込んで、思わず肩がすくんだ。
「あ、寒い」って、ただそれだけのことなのに、今日は少しだけ悔しかった。
寒いのは季節のせいなのに、なぜか自分のせいみたいに感じた。

たぶん、今日の“うまくいかなさ”は、そこから始まっていた。

家に帰って、玄関で靴を脱いだ瞬間、ふっと「今日って、誰ともちゃんと話してないかも」と思った。
もちろん、仕事で会話はしている。チャットもしてる。電話も出た。
それでも「ちゃんと」ではなかった気がした。言葉の量じゃなくて、温度の話。

レンジで温めたスープの湯気を見ながら、私はほっとするはずだった。
なのに、湯気はすぐ薄くなって、カップの縁だけが熱を持って、肝心の中身は思ったより温かくなかった。
こういうの、今日っぽい。
温まった“ふり”だけして、芯まで届かない。

そのまま、なんとなくテレビをつけて、なんとなくSNSを眺めて、なんとなく誰かの暮らしに入り込んだ。
誰かの「今日もがんばった」や「幸せだった」の投稿を見て、いいねを押して、やさしい人の顔をした。
その指先が冷たいことに気づいていながら。

寝る準備に入っても、気持ちが切り替わらない。
歯を磨きながら、鏡の中の自分が「早く寝たら?」と言っているようで、ちょっと腹が立った。
その目が、優しいようで、冷たいようで。
私は自分にすら、居場所をうまく作れない日がある。


寒さが隙を作る夜

布団に入った瞬間、静かになるはずだった。
なのに、静かになったからこそ、いろんな音が聞こえてくる。

冷蔵庫の小さな振動。
外を走る車のタイヤの音。
隣の部屋の、たぶん誰かの笑い声の残り香。
そして、私の心臓の音。ときどき大きく、自己主張してくる。

寒いと、体が縮こまる。
縮こまると、心も一緒に狭くなる。
狭くなると、ほんの小さな違和感が、やけに大きいものみたいに見えてくる。

今日の違和感は、ほんとに小さい。
たとえば、帰り道に買ったパンが、思っていたよりパサついていたこと。
たとえば、友達から来たLINEに、すぐ返せなかったこと。
たとえば、わざわざ「元気?」って聞かれたのに、「元気だよ」って返してしまったこと。

全部、たいしたことじゃない。
なのに、布団の中で思い返すと、ぜんぶが“ちゃんとできなかった証拠”みたいに並んでしまう。

私って、こういうところがある。
大きな問題より、小さな「うまくいかなかった」を集めて、夜にこっそり自分を責める。
昼間はそれを見ないようにしているのに、夜になると、わざわざ拾いに行く。

寒さは、私のガードをゆるめる。
「だいじょうぶ」の厚着を剥がして、肌に直接、空気を当ててくる。

だから今日は、寝付けない。
というより、寝付けないふりをして、まだ今日を持ち続けている気もする。
眠ってしまったら、今日のうまくいかなかったことが、確定してしまう気がして。

布団の中で、足先だけが冷たい。
湯たんぽを出せばいいのに、出さない。
靴下を履けばいいのに、履かない。
自分を温める手段を知っているのに、あえて選ばない感じ。

それって、なんだろう。
「寒い」が、ただの温度の話じゃなくなっている。

今日、私はたぶん、寂しかった。
でも「寂しい」って言うのは、少し恥ずかしくて。
寂しいって言ったら、誰かを呼びたくなるし、誰かに気づいてほしくなる。
気づいてほしいのに、気づかれたら困る。
この矛盾、ほんとに厄介だと思う。

部屋にひとりだと、誰にも見られていない。
その安心と引き換えに、誰にも救われない。
それは自分で選んだ暮らしなのに、時々、選んだことが急に重くなる。


“あったかい”は、気持ちの話だった

寝付けない夜、私はいつも「明日」を先に心配する。
寝不足になったら肌が荒れる、とか。
朝起きられなかったらどうしよう、とか。
仕事でミスしたら、とか。
そうやって未来を不安で埋めると、なぜか今の寒さが正当化される気がする。

でも本当は、未来が怖いんじゃなくて、今日が終わるのが惜しいのかもしれない。
惜しいっていうより、ちゃんと抱え直したい。
あの返事は違ったかも。
あの笑い方は無理してたかも。
あの「元気だよ」は、便利すぎたかも。

布団の中で、そういう“気づき未満”がぽつぽつ出てくる。
それは反省というより、遅れて届いた心の通知みたいだ。

今日、誰にも言わなかったことがある。
駅の鏡に映った自分が、思ったより疲れて見えた瞬間、胸の奥がちくっとしたこと。
「あ、私、頑張ってる」じゃなくて、
「あ、私、ちょっと雑に扱われてる」って感じたこと。
誰に?って言われたら、私自身に、かもしれない。

自分を雑に扱うのって、派手なことじゃない。
ちゃんと温かいごはんを食べなかったり、
湯船に浸からずシャワーで済ませたり、
誰かに優しくするのに自分には適当だったり。
そういう積み重ねが、体の冷えみたいに遅れてくる。

今日の寒さは、もしかしたら、体だけのものじゃなかった。
私の生活の中で、いちばん簡単に後回しにされてきた場所が、今、冷えているだけかもしれない。

……でも、ここで「じゃあ明日からは温かくしよう」って言い切るのは、なんか違う。
こういう夜って、たぶん“改善点の発見”で終わるものじゃない。

だって、湯たんぽを出しても、寂しさが消えるわけじゃない。
靴下を履いても、うまくいかなかった感じが消えるわけじゃない。
エアコンをつけても、今日の違和感が消えるわけじゃない。

それでも、少しだけ思う。
温かさって、温度の話でもあるけど、気持ちの話でもあるんだなって。
“あったかい”って、誰かに触れたときだけじゃなくて、
自分が自分を丁寧に扱ったときにも、ちゃんと生まれるものなのかもしれない。

でも私は、まだそれがうまくない。
丁寧に扱うって、具体的に何をすればいいのか、わかってるようで、わからない。
正解の手順があるなら知りたいのに、たぶんそれは無くて。
だから私は、今日も布団の中で迷っている。

寒い夜に寝付けないのは、つらい。
でも、こういう夜にしか聞こえない自分の声があるのも事実で。
それを無かったことにしたくなくて、私はまだ目を閉じられない。

体の奥に、ちいさな問いだけが残っている。
「私は、私を温めるのが下手なまま、生きていくのかな」って。

……答えは出ないまま、指先だけが少しずつ温まってきた気がする。

明日の朝、目が覚めたとき、今日のことをどれくらい覚えているんだろう。




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