MENU

会いたいのに会えないと言えない関係に揺れる夜の本音メモ

  • URLをコピーしました!
目次

友達なのに疲れる日の気まずさと返信できない夜の心の正体

悩む女性

夜のコンビニ帰り、駅前の空気が少しだけ湿っていて、吐く息が白くならないことに気づいた。冬のくせに、冬っぽくない。レジ袋の中で温かいスープが揺れて、手のひらまでじんわり熱が伝わってくる。私はその熱を握ったまま、スマホの通知を見て、いったん画面を伏せた。

「今度、集まろうよ!」

今日の私は、うまく返せなかった。
返せない理由が“忙しいから”なら、もっと簡単だったのに。忙しくないわけでもないけど、忙しさのせいにするほどでもない。そんな半端な自分の状態が、いちばん言いづらい。

30歳になって気づいた友達関係の本音

友達って、長く続けば続くほど“自動的に大切”になると思っていた。学生の頃は、同じ教室にいるだけで関係が保たれて、会う理由はただ「会えるから」で済んだ。会ったら近況を話して、笑って、写真を撮って、帰る。次に会うまでの間に何かがあっても、また会えば自然に更新できる。友情はアプリみたいに、勝手にアップデートされるものだと、どこかで信じていた。

でも30歳になって、ふと気づく。
友情は、勝手にアップデートされない。
むしろ放っておくと、静かに“初期化”されていく。

最近の私は、友達に会う前に小さく身構えることがある。会いたくないわけじゃないのに、会うまでに自分の心の机を片付けるみたいな作業が必要になる。どの話題なら安心か、どこまで本音を出していいか、どのテンションが正解か。そんなことを考えている時点で、もう、昔の「会えるから会う」には戻れないのかもしれない。

そして今日、うまくいかなかったことがある。
それは、返信しない私が「冷たい人」に見える気がして、勝手に罪悪感が増殖したこと。

本当は、冷たくしたいわけじゃない。
ただ、以前みたいに“自分を元気に見せる努力”を友情の中に持ち込みたくなくなっただけ。
たとえば、愚痴を聞くときに「私も頑張る!」って勢いで合わせるのが、最近ちょっとしんどい。
たとえば、既読後すぐ返せないときに、言い訳の文章を長く作ってしまう自分が、だるい。
たとえば、会った帰り道に「今日は楽しかった!」と送るために、本当に楽しかったかを一度検品してしまう感じが、なんか違う。

友情って、もっと“雑でいい”はずなのに。

それでも、会うと楽しい。笑う。安心する瞬間もある。
だから余計に混乱する。「好き」と「しんどい」が同じ場所に住んでいる。
昔はその同居を、矛盾だと思っていなかった。いまは、矛盾が気になる。
気になるのは、多分私が、友達を“便利な安心装置”として使いたくないからだと思う。
でも同時に、私は友達に、少しだけ“安心装置”でいてほしいとも思ってしまう。
欲張りで、ずるい。

返信しない私と、返信を待つ私

今日のモヤっとした瞬間は、友達からの「会いたい」に対して、すぐに「会いたい」と返せなかったこと。
その一通が刺さったのは、多分、相手の温度がちゃんと高かったから。温度が高いと、こちらのぬるさが目立つ。ぬるい私が悪いみたいに見える。けれど実際の私は、冷たいわけじゃない。むしろ、温度差に怯えている。

30歳になってから、友達関係の本音が少しだけ変わった。

「友達は多いほうがいい」より、「無理しない関係がいい」
この“無理しない”が曲者で、無理してる自覚がない無理がいちばん残る。
笑うのが苦しいわけじゃない。でも、笑いながら「この笑いは正しい?」って心の裏で確認してる自分が、たまにいる。そういうとき、帰宅後にどっと疲れる。友達に疲れたことが悲しくて、疲れたことを隠したくて、さらに疲れる。

あともう一つ、言いづらい本音がある。
友達の幸せが眩しい日がある。
嫉妬したいわけじゃない。応援したい気持ちも本当。
でも眩しさに目が慣れていない日は、笑顔が少し遅れる。遅れた笑顔を自分で見つけてしまって、勝手に落ち込む。誰にも言わないけど、その日の私は、友達の話を聞きながら、自分の心を宥めるのに精一杯だった。

だから、返信が遅れる。会う予定が立てられない。
そんな自分を「大人になったから」と片付けたくない。
大人になったから、じゃなくて、ただ私が、以前より繊細になっただけかもしれないし、以前より正直になっただけかもしれないし、単に余裕がないだけかもしれない。
理由を一つに絞ると嘘っぽいから、絞らないでおきたい。

今日、スマホを伏せたあと、スープを温め直しながら考えた。
友達って、“会いたい”の一言で繋がれるほど単純じゃない。
でも、単純じゃないからこそ、簡単に捨てたくもない。

じゃあ私は、どうしたいんだろう。
会う頻度を減らしても関係は続くって信じたいのか。
それとも、続いてほしいなら、ちゃんと手を動かして関係を育てたいのか。
私はたぶん、その中間にいる。
続いてほしい。でも、育て方がわからない。
それが30歳の友情の本音なのかもしれない。

最後に一つだけ、気づき未満のこと。
友達って「わかり合える人」じゃなくて、「わかり合えない日があっても、嫌いにならない相手」なのかもしれない。
そう思えたら少し楽になるはずなのに、私はまだ、わかり合えない日を“失敗”に数えてしまう。

スープを飲み干したあと、私はまたスマホを手に取って、短い返信を打った。
うまい言葉じゃないけど、今の私の温度で。

「会いたい。ちょっと落ち着いたら、ちゃんと日程決めよう」

送信して、画面が静かになった。
部屋の中も静かで、その静けさが、少しだけ優しかった。

——友情って、正解じゃなくて、たぶん今日の温度でしか触れない。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
目次