なんでも自分でできるのに恋になると不器用になる理由と静かな気持ち
夜、コンビニのセルフレジで、ペットボトルのお茶とゆで卵を置いたあと、ついでみたいにハンドクリームもカゴに入れてしまった日があって、べつに今日じゃなくてもよかったはずなのに、その「自分で自分の機嫌を取る」動きだけは妙に手慣れていて、ああもうこういうの、ほんとに上手になったなって、少し笑ってしまったんです。
帰り道は風がまだ少し冷たくて、駅前のガラスに映る自分は仕事終わりの顔をしていて、ちゃんとしてるのか疲れてるのかよくわからない、でもたぶんどっちもで、バッグの中には自分で買ったもの、自分で決めた予定、自分でなんとかした一日がきれいに詰まっていて、こういう瞬間に「ひとりで生きていけそう」と言われる女の輪郭って、こんな感じなんだろうなと思いました。
頼もしいね、しっかりしてるね、ひとりでも平気そうだね。
言われて嫌じゃないのに、たまに、ほんの少しだけ、胸の奥がからん、とすることがあるんですよね。
自立してる女性って、たぶん見た目の話じゃないんですよね。
料理ができるとか、仕事を頑張ってるとか、ひとり旅に行けるとか、そういう表面のことだけじゃなくて、誰かに期待しすぎない感じとか、寂しくてもわりと普通の顔でお風呂に入れる感じとか、連絡が来なくてもひとまずアイスを食べて寝られる感じとか、そういう小さな場面の積み重ねでできている気がしていて。
しかも、それって褒められやすい。
実際、「ひとりで何でもこなせる自立した女性」と付き合いたいと答えた男性が7割超だったという古い調査もあるし、「依存されるのは重い」と感じる声もわりと見つかるので、恋愛で“重くないこと”はかなり好かれやすいのかもしれません。(「マイナビウーマン」)
でも、ここがややこしい。
自立していることは好印象になりやすいのに、そのまま恋愛になると、急に別の空気が混ざることがあるんですよね。
「この子、俺がいなくても平気そう」
たぶんこれ、言ってる本人に悪気がないことも多いし、むしろ信頼とか尊敬に近い感情のときもあるんだろうけど、受け取る側はちょっと複雑で。
平気そう、の中には、入る隙がない、頼られなさそう、出番がなさそう、みたいな意味が、うっすら混ざっていることがある。
昔から「相談ベタ、頼りベタな女性は、良縁を遠ざけやすい」という恋愛記事があるのも、そういう微妙な空気を言い当てている感じがしました。(「マイナビウーマン」)
私のまわりにも、なんでもひとりでできちゃう子が何人かいて、みんなほんとに生活が上手なんです。
家具の組み立てもできるし、転職もひとりで決めるし、体調を崩したら病院も予約して、帰りにポカリとゼリーまで買って帰る。
引っ越しの内見だって、保険の見直しだって、親に頼らず済ませる。
たぶん、恋愛だけが苦手ってわけじゃない。
ただ、恋愛に「助けてもらうこと」をあまり期待してない感じがある。
助けてもらえたら嬉しいけど、なくても回る、という前提で生きてる。
この“なくても回る”が、強さでもあり、たまに自分を遠ざける壁にもなるんだろうなと思います。
私もかなりそっち側なので、笑えないんですけど。
熱を出した夜、ほんとは「しんどい」とひとこと送りたかったのに、既読スルーだったら地味に傷つくなとか、そもそも看病を期待してるみたいで重いかなとか、そんなことをぐるぐる考えて、結局ウーバーでおかゆを頼んで、自分で冷えピタ貼って寝たことがありました。
翌朝にはもう平熱で、部屋も静かで、ひとりで全部できた達成感みたいなものはたしかに少しあったんですけど、いや待って、何に勝ったの、って。
誰とも戦ってないのに、ひとりで完結させたことに妙な満足を覚えている自分がいて、ちょっと恥ずかしかった。
こういう小さい恥って、意外と誰にも言えないですよね。
甘えるタイミングがわからないくせに、甘えられる子を見ると「いいな」と思ってしまうあの感じ。
いや、自分で選んでるんじゃん、って自分にツッコミを入れたくなるやつ。
最近の調査でも、未婚者が結婚へのハードルとして挙げるものには「出会いがない」だけじゃなく、「自分が結婚しているイメージができない」「自由さや気楽さを失いたくない」がかなり上に来ていて、未婚者の2割は結婚したくない、その理由の上位には「メリットを感じない」「ひとりで生活したい」も入っていました。(中央金融取引所)
この数字を見たとき、すごく冷めた気持ちになったわけじゃなくて、むしろ、ああそうだよね、となったんです。
恋愛したい、結婚もできたらしたい、でも、せっかく整えてきた生活のリズムが崩れるのはちょっと怖い。
誰かを好きになることと、自分の生活を守りたい気持ちが、同じ部屋に普通に置いてある。
どっちかが嘘というより、どっちも本当。
たぶん、自立女子って、その矛盾をわりと日常的に抱えてる人なんじゃないかなと思います。
彼女たちの恋愛観が「普通の女子とかなり違う」と見えるのは、恋をしてないからじゃなくて、恋だけを人生の中心に置いていないからかもしれません。
LINEの返信が遅くて一日落ち込む、みたいなかわいらしいイベントがないわけじゃない。全然ある。
でも、そのあと普通に洗濯もするし、明日の服も決めるし、仕事の資料も作る。
恋で世界が全部止まらない。
そこが大人で、少し寂しくて、でもたぶん、昔よりずっと現実的。
「好き」だけで飛び込める感じより、「この人と一緒にいたら、今の自分のペースはどう変わるんだろう」を先に考えてしまう。
楽しいかどうかより先に、無理がないかを見てしまう。
夢がないと言われたらそうなのかもしれないけど、そうやってしか守れなかった日常もあるから、簡単には手放せないんですよね。
それに、自立している人ほど、恋愛で求めるものが細かい。
優しければいい、だけじゃ足りない。
ちゃんとしていればいい、でも足りない。
放っておいてくれる人がいいけど、放っておかれすぎるのは嫌。
尊重してほしいけど、壁みたいに距離を取られるのも違う。
ひとりの時間は欲しいけど、必要なときにはちゃんと来てほしい。
書いていて、めんどくさ、って自分でも思うんですけど、でも本当にそう。
しかも本人もその注文の多さに気づいているから、ますます簡単に人を好きになれない。
恋愛に慎重というより、自分の生活に他人を入れることに慎重なんですよね。
だから、恋愛が始まりそうなときほど、妙に静かになる。
浮かれてるのに、どこかでブレーキを踏んでる。
この感じ、たぶん経験ある人、多いんじゃないかな。
そして厄介なのが、ひとりでできる人って、傷ついたあとも立ち直れてしまうことなんです。
ちゃんと寝て、仕事して、友だちとごはんに行って、数週間もすれば見た目には元気になる。
だから周囲からも「大丈夫そう」と見えるし、自分でも「まあ平気か」と処理してしまう。
でも、平気に見えることと、本当に寂しくないことって、同じじゃない。
そこを雑に一緒にされると、少しだけつらい。
ひとりで生きられることと、ひとりで生きたいことは、似てるようで、たぶん別なんですよね。
じゃあ、自立してる女の恋愛って、どういう形が合うんだろう。
頼る練習をしたほうがいいのか、もっと隙を見せたほうがいいのか、強がりをやめたら何か変わるのか。
そういう“正しい答え”っぽいもの、いくらでも言えるんでしょうけど、たぶん現実はもっとぬるくて、もっと不器用で。
タクシーを呼んでもらうだけで少し嬉しい夜とか、コンビニで飲み物を選んでくれるだけで変に記憶に残る夜とか、そういう小さいことで十分だったりもする。
大げさに守られたいわけじゃないのに、ちゃんと気づいてほしい瞬間だけはある。
その説明のしづらさが、自立女子の恋愛をさらにややこしくしているのかもしれません。
なんでもひとりでできちゃう彼女たちは、ほんとうに誰もいらないんでしょうか。
それとも、いらないように見えるくらい、自分の寂しさの扱いに慣れてしまっただけなんでしょうか。
恋愛に求めるものが少ないんじゃなくて、雑に触られたくないものが増えた結果なのかもしれないし、好きになる前に生活の静けさを測ってしまうのは、大人になった証拠なのか、少し臆病になっただけなのか、まだよくわかりません。
ちゃんとして見える女の子ほど、どこまでひとりで頑張れば自然で、どこからが強がりなのか、自分でも曖昧なままなのかもしれません。
その曖昧さごと、誰かに見つけてもらえたらいいのに、と思う夜があります。





