曲がるストローの蛇腹だけが、やけに人生っぽく見えた夜
五月十二日の夜、初夏の風と小さな違和感
五月十二日。
暦のうえでは立夏を過ぎ、七十二候では「蚕起食桑」、蚕が桑の葉を食べ始めるころです。
窓を少し開けると、昼間の熱がまだ部屋のすみっこに残っていて、でも夜風だけは少しやさしい。
春でも夏でもない、気持ちだけが衣替えに追いついていないような夜でした。
私はキッチンの引き出しを開けました。
目的は、ただひとつ。
輪ゴムでもなく、割り箸でもなく、ストックのティーバッグでもなく、なぜか奥に転がっていた一本の曲がるストロー。
透明な袋に入ったまま、少しだけ折れ目がついていて、蛇腹の部分だけが妙に主張していました。
飲み物を飲むための道具なのに、飲み物よりも姿勢が気になる。
まっすぐでいればいいのに、途中で曲がる準備をしている。
その姿が、なんだか自分みたいで笑ってしまいました。
令和の毎日は、まっすぐだけでは少ししんどいです。
仕事では感じよく、SNSでは明るく、友達には余裕があるふりをして、婚活では「大丈夫そうな人」に見えるようにする。
けれど家に帰ると、洗濯物は椅子に座っているし、冷蔵庫の中には使い切れなかった豆腐がいる。
私だけではなく、部屋も生活も少し曲がっている。
でも、曲がるストローはすごい。
曲がることを失敗としていない。
最初から、曲がる場所を持って生まれている。
そこが便利で、そこがやさしさで、そこが役目なのです。
曲がれる場所を持っている人は、実は強い
昔の私は、曲がることが少し怖かったです。
予定を変えること。
意見を変えること。
疲れたから今日は何もしないと決めること。
誰かに合わせすぎて、あとからひとりでモヤモヤすること。
そんな自分を、優柔不断だと思っていました。
もっと芯がある人になりたい。
もっとブレない人になりたい。
そう思って、手帳にきれいな目標を書いて、朝活を始めて、丁寧な暮らしっぽい写真を撮ってみたこともあります。
でも現実の私は、朝から白湯を飲むより先にスマホを見ます。
観葉植物に水をあげる前に、通知を確認します。
夜は美容液を塗りながら、明日の自分に丸投げすることを考えています。
そして、ふと思ったのです。
もしかして、曲がるって悪いことじゃないのかもしれない。
曲がるストローは、相手の口元に合わせます。
グラスの高さに合わせます。
飲む人の角度に合わせます。
自分を失っているようで、ちゃんと役に立っている。
私たちも同じです。
仕事の日は仕事の日の顔。
友達と会う日は友達用の軽やかさ。
恋愛の前では少し慎重になり、ひとりの夜には急に弱くなる。
それは嘘ではなく、生活に合わせて自分の角度を変えているだけ。
まっすぐな人だけが美しいわけではありません。
折れない人だけが強いわけでもありません。
曲がれる人は、折れる前に逃げ道を知っている人です。
自分を守る角度を知っている人です。
五月の夜は、そういうことを考えるのにちょうどいい。
湿気を含む前の空気。
半袖にはまだ早いけれど、長袖だけでは少し重たい季節。
心も同じで、完全に元気ではないけれど、少しずつ軽くなりたい時期なのだと思います。
そして最後に、私が飲もうとしていたものの正体
私はそのストローを使うことにしました。
せっかく見つけたのだから、何か飲もう。
そう思って冷蔵庫を開けました。
麦茶。
アイスコーヒー。
飲みかけの炭酸水。
どれもそれらしい。
でも、その夜の私はなぜか、いちばん奥にあった小さな紙パックを手に取りました。
賞味期限ぎりぎりの、子ども用のりんごジュース。
なぜ家にあるのか、まったく覚えていません。
誰かが来たとき用だったのか、自分が疲れた日に買ったのか、未来の私への差し入れだったのか。
ストローを刺しました。
でも、そこで気づきました。
その紙パックには、すでにストローがついていました。
つまり私は、ストローがある飲み物に、別のストローを用意していたのです。
人生の準備、過剰すぎる。
心配性、ここに極まる。
けれど、その瞬間に少し笑えました。
私はいつも、足りないことを怖がっているのかもしれません。
言葉が足りない。
魅力が足りない。
余裕が足りない。
若さが足りない。
ちゃんと感が足りない。
だから予備のストローみたいに、いろんなものを抱えてしまう。
でも本当は、最初からついているものもある。
私には私のやさしさがある。
疲れても立て直す力がある。
笑いに変える癖がある。
小さな違和感を文章にできる目がある。
曲がるストローを探していた夜に、私が見つけたのはストローではありませんでした。
「もう足りているかもしれない」という、ちょっと意外な答えでした。
そして私は、紙パックについていた小さなストローでりんごジュースを飲みました。
用意していた曲がるストローは、そっと引き出しに戻しました。
いつか本当に曲がりたい日に、使えばいい。
そう思えた夜でした。





