日焼け止めが服の襟についた日、私は少しだけ大人の自分に疲れていました

白い襟汚れは、ちゃんと生きようとした証拠かもしれません
5月29日。暦の上では小満のころで、草木がぐんぐん伸びて、昼間の光が少しずつ夏の顔をしはじめる季節です。朝の空気はまだやわらかいのに、駅まで歩くだけで首元にじんわり汗を感じるようになりました。
この時期になると、私は毎年ひそかに悩むことがあります。
それは、日焼け止めが服の襟につくことです。
ものすごく小さな悩みです。誰かに相談するほどでもありません。友達とカフェで話すには地味すぎるし、SNSに書くほど映える話でもありません。
でも、白いブラウスの襟にうっすら残った日焼け止めの跡を見ると、なぜか一日の終わりに少しだけ気持ちがしぼむのです。
朝はちゃんとしていたはずでした。
顔を洗って、化粧水をなじませて、下地を塗って、日焼け止めも首まで丁寧に伸ばしました。今日こそ紫外線に負けないぞ、未来のシミに先回りするぞ、なんて小さく気合いを入れました。
それなのに、夜、脱いだ服の襟を見ると、そこには白くこすれた跡があります。
まるで、今日の私の頑張りがそこに移ってしまったみたいです。
ちゃんとしようとした結果、服が汚れる。
きれいでいようとした結果、生活感が出る。
この矛盾が、30代の毎日に少し似ている気がします。
若いころは、日焼け止めを塗り忘れても「まあいっか」で済ませていました。多少焼けても、夏っぽいと思えたし、肌の未来なんて遠い話でした。
でも今は違います。
鏡を見るたびに、肌の調子でその日の気分が変わります。首の影、頬のくすみ、目元の乾燥。誰にも指摘されていないのに、自分だけが気づいてしまう小さな変化があります。
だから日焼け止めを塗ります。
でも、塗ったら塗ったで服に付きます。
もう、どうすれば正解なのですかと、洗面所で一人ツッコミを入れたくなります。
きれいでいたい。でも面倒なことは増やしたくない。
大人っぽく見られたい。でも頑張りすぎている感じは出したくない。
婚活でも、仕事でも、日常でも、私たちはいつもこの間に立っているのかもしれません。
「見えない努力」が見えてしまう瞬間に、心が少し疲れます
襟についた日焼け止めの跡が嫌なのは、単に洗濯が面倒だからだけではありません。
それはたぶん、「見えない努力」が見えてしまうからです。
本当は、努力は見えないほうが美しいと思ってしまうところがあります。
自然に肌がきれい。
自然に髪がまとまる。
自然に服が似合う。
自然に余裕がある。
そんな人に憧れます。
でも実際の私は、自然とはほど遠いところで毎日を組み立てています。
朝、寝癖を直すだけで時間がかかります。眉毛が左右対称にならなくて焦ります。ファンデーションを薄くしたいのに、薄くすると疲れた顔に見えます。首まで日焼け止めを塗ると、服の襟が汚れます。
そしてふと思うのです。
きれいに見える人も、本当はどこかで同じように戦っているのかもしれないと。
SNSに流れてくる女性たちは、みんな涼しげです。白いシャツをさらりと着て、髪はふわっとまとまって、肌は内側から光っているように見えます。
でも、その白いシャツの内側にも、もしかしたら日焼け止めの跡がついているのかもしれません。
バッグの中には、塗り直し用の日焼け止めと、汗拭きシートと、リップと、使いかけのティッシュが入っているかもしれません。
見えていないだけで、みんな生活しています。
それなのに、自分の生活感だけはやけに目立って見えます。
洗面台に置きっぱなしのヘアオイル。
ポーチの底にたまったアイシャドウの粉。
何度洗っても少し黄ばんできた白いインナー。
そして、襟についた日焼け止め。
こういうものを見るたびに、私は少しだけ「ちゃんとした大人の女性」から遠ざかった気がしてしまいます。
でも本当は、逆なのかもしれません。
日焼け止めの跡は、未来の自分を守ろうとした跡です。
襟の汚れは、肌を大切にしようとした跡です。
面倒くさいと思いながらも、自分を投げ出さなかった証拠です。
そう考えると、少しだけ見え方が変わります。
完璧なきれいさではなくて、生活しながら整えようとしているきれいさ。
それは、30代の女性にしか出せないやさしいリアルなのかもしれません。
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30代になると、美容の意味が少し変わってきた気がします。
20代のころは、誰かにかわいいと思われたい気持ちが大きかったです。好きな人に会う前、友達と写真を撮る前、新しい服を着る日。外側からどう見えるかが、美容の理由になっていました。
もちろん今も、誰かに素敵だと思われたらうれしいです。
婚活中ならなおさらです。
初対面の人に会う日は、肌の調子が気になります。髪のまとまりも気になります。服の清潔感も気になります。プロフィール写真と違うと思われたくないし、疲れて見られたくもありません。
でも最近は、それだけではなくなりました。
誰にも会わない日でも、日焼け止めを塗ることがあります。
近所のスーパーに行くだけでも、眉だけ描くことがあります。
予定のない夜でも、メイクを落として保湿することがあります。
それは、誰かに選ばれるためというより、自分を雑に扱わないためです。
自分のことを後回しにしすぎると、心まで少しずつ荒れていきます。
どうせ私なんて。
今日はもういいや。
誰も見ていないし。
そんな言葉が増えると、部屋も肌も気持ちも、少しずつ散らかっていきます。
もちろん、毎日完璧にする必要はありません。疲れた日はクレンジングだけで精一杯の日もあります。お風呂に入る前にソファで寝落ちする日もあります。日焼け止めを塗り忘れて、帰り道に西日を浴びながら小さく後悔する日もあります。
それでも、また次の日に塗ればいいのです。
襟についたら洗えばいいのです。
少し落ちにくかったら、まあ今日は私も服も頑張ったなと思えばいいのです。
美容は、完璧な女性になるための試験ではありません。
自分を嫌いにならないための、小さな手当てです。
日焼け止めを塗る朝も、襟汚れを見つける夜も、その全部が自分を大事にしようとしている時間です。
そして、ここで少しだけ話が変わります。
ある夜、私はまた白いシャツの襟に日焼け止めの跡を見つけました。
またか、と思いました。
ため息をついて、洗面所で部分洗いしようとしたときです。
ふと、襟の内側に小さなタグが見えました。
そこには、買ったときには気づかなかった文字がありました。
「この服は、着る人の日常になじむほど風合いが増します」
私は思わず笑ってしまいました。
ずっと汚れだと思っていたものは、もしかしたら私の日常が服になじんだ跡だったのかもしれません。
もちろん、日焼け止めの跡は洗います。そこは現実的に洗います。
でも、その夜から私は、襟の白い跡を見るたびに少しだけやさしい気持ちになります。
これは失敗ではなく、今日の私が外に出た証拠です。
肌を守ろうとした証拠です。
ちゃんと生きようとして、少しだけ不器用だった証拠です。
きれいな人になることは、汚れない人になることではないのかもしれません。
汚れたあとに、自分を責めずに洗える人になること。
それが、30代の私たちに似合う美容なのだと思います。
文字数:約3,620文字です。
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