深夜十一時、私は婚活アプリの通知を消そうとして、間違えてスマートフォンの懐中電灯をつけた。
暗い部屋の中で、私の顔だけが下から白く照らされる。
恋を探していたはずなのに、そこに現れたのは、怪談話を始めそうな女だった。
「……この顔で、ワンランク上の出会いを求めて大丈夫だろうか」
誰もいない部屋でつぶやいた瞬間、テーブルの端に置いていた冷たい水のグラスまで、少し気まずそうに光った。
婚活中の夜は、だいたいこんなふうに始まる。
素敵な人と出会いたい。
でも、必死だとは思われたくない。
新しいアプリも試してみたい。
けれど、知人や仕事関係の人に見つかるのは、できれば避けたい。
恋には前向きでいたいのに、スマートフォンの画面をのぞく私の姿勢だけは、なぜか後ろめたい人の角度になっている。
私はもう一度、懐中電灯を消した。
暗くなった画面には、少し疲れた私の顔が映っていた。
その夜、私が気になっていたのが、大人のための恋活・婚活マッチングサービス「paters(ペイターズ)」だった。
誰にも見つからずに恋を始めたい夜がある

恋を探していることまで、公開したいわけではなかった
私は結婚したいと思っている。
穏やかに話せて、約束をごまかさず、機嫌の悪さをこちらに投げつけない人と出会えたらいいなと思う。
その一方で、婚活していることを大きな看板にして歩きたいわけではない。
「ただいま真剣にお相手募集中です」
そんなタスキをかけて商店街を歩く勇気は、今のところない。
婚活していることは恥ずかしいことではない。それは頭では分かっている。
それでも、昔の同僚や知人にアプリの中で見つかり、
「あ、サクラックさんもいる」
と思われる場面を想像すると、心の中で非常ベルが鳴る。
相手だって同じアプリにいるのだから、本来はお互いさまだ。
それなのに、発見された側だけが冷蔵庫を開けたまま固まったような気持ちになるのは、どうしてだろう。
美容業界で働いていた頃、恋愛の話になると、急に声を小さくするお客様がいた。
「実はアプリを始めたんです」
鏡の前でそう話す女性の声は、新しい美容液の名前を教えるときよりも小さかった。
私は「いいじゃないですか」と答えながら、その気持ちがよく分かっていた。
人は、出会いたいと思う。
けれど、「出会いたがっている自分」を人に見られるのは少し照れくさい。
きれいになりたい気持ちと同じなのかもしれない。
努力の結果は見てほしいのに、努力している途中は、なるべくカーテンの後ろに隠しておきたいのだ。
私も婚活を始めてから、プロフィール写真を選ぶだけで何度も立ち止まった。
自然な笑顔の写真がいい。
でも、自然すぎて部屋着の袖が写っているのは困る。
きちんとした写真も欲しい。
けれど、張り切りすぎて「本日、人生最大の面接です」という顔になるのも避けたい。
最終的に選んだ一枚を見て、私は思った。
「自然体って、こんなに作るのが難しかったっけ」
スクリーンショット一枚で、私の余裕は消えた
ある日の午後、私はカフェで友人と会っていた。
窓の外では夏の強い光が街路樹の葉を透かし、テーブルのアイスコーヒーからは、氷が小さく割れる音がした。
友人に最近の婚活事情を聞かれた私は、少しだけ格好をつけて答えた。
「まあ、焦らずに見ている感じかな」
本当は、その前日の夜にプロフィールを何十人分も見ていた。
焦っていない人は、深夜一時に相手の休日の過ごし方を真剣に比較したりしない。
けれど私は、あくまで落ち着いた大人の女性を演じた。
「どんな人がいるの?」
そう聞かれたので、私はスマートフォンに保存していた画面を見せようとした。
ところが、誤って開いたのは、プロフィール写真を撮る前に試した自撮りだった。
目を大きく見せようとして失敗し、驚いた金魚のようになっている私が、画面いっぱいに現れた。
友人は三秒黙ったあと、コーヒーを吹き出しそうになった。
「これは……どんな人?」
「私です」
「知ってる」
私の“焦らずに婚活している余裕のある女”は、わずか十秒で閉店した。
笑いが収まったあと、私は本音をこぼした。
「新しいアプリも使ってみたいんだけど、知っている人に見つかるのが嫌なんだよね」
友人はストローで氷を回しながら、さらりと言った。
「見つかるのが怖いなら、見せる相手を絞れるものを探したら?」
その言葉を聞いたとき、私は少しだけ肩の力が抜けた。
私は恋愛に消極的なのではなかった。
誰にでも自分を見せることに疲れていただけなのだ。
出会いを増やすことと、自分を無防備に公開することは、同じではない。
その二つを、私は勝手にひとまとめにしていた。
ペイターズを開く前に、先に設定を見た
patersを知ったとき、最初に気になったのは、華やかな紹介文よりもプライバシーに関する機能だった。
公式サイトでは、patersを「質の高い出会いを求める大人のための恋活・婚活マッチングアプリ」と案内している。
ただし、「上質」という言葉だけで、会う人全員が自分に合うと決まるわけではない。
職業や収入が立派でも、店員さんへの態度が横柄なら、私の中では一瞬でランク外になる。
逆に、派手な肩書がなくても、人の話を途中で奪わず、帰宅後に「今日はありがとう」と言える人には品を感じる。
私が求めている“ワンランク上”は、年収の数字だけではなく、時間と気持ちを丁寧に扱える人なのだと思う。
それでもpatersには、一般的な婚活アプリとは少し違う出会いを求めて登録する人もいる。だからこそ、目的や希望条件が近い相手を探す選択肢の一つにはなりそうだった。
そして、私の背中をそっと押したのが「プライベートモード」だった。
公式ヘルプによると、このモードをオンにすると、異性の一覧画面に自分が表示されなくなり、自分から「いいね!」をした相手と、すでにマッチングしている相手だけがプロフィールを見られる。プロフィールを閲覧した際の足あとが残らず、オンライン表示も隠せるという。paters公式ヘルプ「プライベートモード」
つまり、大勢の人の前にプロフィールを並べるのではなく、自分が「少し話してみたい」と思った相手にだけ扉を開けられる。
この距離感は、私には心地よく感じられた。
もちろん、これで完全に身バレを防げるわけではない。
自分から知人に「いいね!」を送ってしまえば表示される可能性があるし、プロフィール写真、勤務エリア、職業、趣味などを細かく書きすぎれば、知っている人には推測されることもある。
「絶対にバレない透明マント」ではなく、「見つかる可能性を抑えるためのカーテン」に近い。
だから私は、登録時に次の点を意識した。
- 勤務先や最寄り駅を特定できる情報は書かない
- SNSと同じ写真をそのまま使わない
- 写真の背景に自宅や職場が分かるものを入れない
- 通知の内容がロック画面に表示されないようにする
- 会う前から本名、電話番号、勤務先を詳しく伝えない
アプリ自体には、起動時に4桁の番号でロックできるパスコード設定も用意されている。対応するiPhoneやiPadではFace IDも利用できるため、スマートフォンを一時的に人へ渡す場面がある人には安心材料になると思う。paters公式ヘルプ「パスコード設定」
基本機能は女性なら無料で利用でき、希望すれば女性専用有料プラン「paters Plus+」も選べる。有料プランでは、特定の年齢層にプロフィールを表示させない公開範囲設定や、過去の違反歴を確認できるセーフティーチェックなどが案内されている。女性会員の料金/paters Plus+
無料で試せる範囲と、有料で追加される機能を確認してから、自分に必要なものだけ選ぶのがよさそうだ。
私の年収は300万円。
恋をする前に、毎月の固定費とは冷静に向き合わなければならない。
ロマンチックな出会いは欲しいけれど、翌月のカード明細までドラマチックにする必要はない。
なお、メッセージを始めるには公的証明書による年齢確認が必要と案内されている一方、セルフィーなどを使った「本人確認」は別の任意機能になっている。本人確認バッジがあることは一つの判断材料になるが、それだけで相手の人柄や安全性まで保証されるわけではない。年齢確認について/本人確認について
初対面なら、昼間の人目がある場所を選ぶ。
自分の交通手段で帰れるようにする。
会う予定を信頼できる人へ伝えておく。
お酒を飲みすぎない。
少しでも強引さや違和感を覚えたら、「せっかく来たから」と我慢せず帰る。
これはpatersに限らず、どの出会い方でも大事にしたいことだ。
また、利用規約上は18歳以上が対象で、独身であることが利用資格に含まれている。ただし、運営側が全利用者について常時18歳以上かつ独身であると保証するものではないことも明記されている。相手の申告をそのまま信じ切らず、自分でも慎重に確認したい。paters利用規約
私が隠したかったのは、恋ではなく焦りだった
登録を考えながら、私はようやく気づいた。
私が隠したかったのは、婚活している事実そのものではない。
誰かに選ばれたいと願っている自分や、年齢を少し気にしている自分や、ひとりの夜に寂しさを感じる自分を見透かされるのが怖かったのだ。
美容業界で働いていた頃、鏡の前で「最近、老けた気がして」と笑うお客様がいた。
けれど、その人が本当に気にしていたのは、目元の小じわではなく、夫との会話が減ったことだった。
肌の悩みの奥に、別の寂しさが隠れていることは珍しくない。
私の「身バレしたくない」という気持ちの奥にも、少し似たものがあった。
まだ相手も決まっていないのに、一生懸命探しているところを見られたくない。
もし誰とも出会えなかったら、恥ずかしい。
いい人が見つからなかったときに、「やっぱりね」と思われたくない。
随分と先回りした心配である。
出会う前から失恋後の記者会見まで想定しているようなものだ。
でも、プライベートモードのように、自分が見せたい相手を選べる仕組みがあるなら、私はもう少し気軽に一歩を出せる。
必要なのは、誰からも見つからない完璧な隠れ場所ではなかった。
自分のペースを守りながら、人と出会える小さな入口だったのかもしれない。
「上質な出会い」という言葉を、私は以前まで、特別なレストランや立派な肩書のことだと思っていた。
今は少し違う。
断っても不機嫌にならないこと。
約束を急に押しつけないこと。
こちらの都合や不安を軽く扱わないこと。
会話の中で、私を値踏みするような視線を向けないこと。
そんな当たり前に見える気遣いこそ、私にとっては上質だ。
patersは、登録しただけで理想の相手を玄関まで届けてくれるサービスではない。
プロフィールを見極め、メッセージを交わし、安全に気を配り、合わない相手にはきちんと断る必要がある。
華やかな人が多そうな雰囲気に疲れてしまう人や、条件よりも素朴な出会いを求める人には、合わない可能性もある。
相手の経済力だけを目的にすると、期待と現実の差に振り回されるかもしれない。
けれど、普段とは違う層の人と話してみたい人、自分から選んだ相手にだけプロフィールを見せたい人、プライバシーへ配慮しながら新しい出会いを試したい人には、選択肢の一つになりそうだ。
あの夜、間違えてつけた懐中電灯を、私はもう一度つけてみた。
下から照らされた私の顔は、やはり少し怖かった。
でも、今度は笑えた。
スマートフォンの画面には、まだ何も始まっていない小さな入口がある。
私はパスコードと通知設定を確認してから、画面を閉じた。
明日、気になる人を一人だけ探してみよう。
完璧な恋を始めるためではない。
昨日より少しだけ、自分の気持ちを隠さずに生きるために。
あなたが誰にも見せずに守ってきた「出会いたい気持ち」は、どんな形をしているだろう。



