マッチングアプリを閉じた夜、結婚相談所の資料だけ取り寄せてみようと思った

カフェの窓際で、友人が私のスマートフォンをのぞき込んだ。
「その人、昨日も見なかった?」
私はアイスコーヒーのストローをくるくる回しながら、画面に並ぶ男性の写真を見つめた。
見た気がする。でも、見ていない気もする。
婚活を続けていると、ときどき人の顔より先に、プロフィールの定型文を覚えてしまう。
「休日はカフェ巡りをしています」
「一緒にいて落ち着ける関係が理想です」
「まずは気軽にお話ししましょう」
みんな感じがよさそうで、誰も悪くない。
それなのに私は、その日、誰にも「いいね」を押せなかった。
恋に疲れたわけではない。結婚を諦めたわけでもない。
ただ、親指だけが先に婚活へ飽きていた。
「結婚したい」と言うには、少し照れが残っていた
アプリを開くたび、私は少しだけ愛想のいい人になる
「最近どう? いい人いた?」
友人に聞かれて、私は反射的に答えた。
「まあ、ぼちぼちかな」
婚活中の「ぼちぼち」は便利だ。
順調とも言っていないし、うまくいっていないとも認めていない。期待と疲労を一枚の薄い布で包んで、そっとテーブルの端へ置ける言葉である。
本当は、少し疲れていた。
メッセージが届けばうれしい。届かなければ寂しい。
けれど、届いたら届いたで、
「こんばんは。今日は暑かったですね」
という文章に、どう返せば私らしさが伝わるのか考え込む。
「本当に暑かったですね」では、天気予報の再放送みたいだ。
かといって、最初から個性を出そうとして、
「暑すぎて冷蔵庫に住民票を移したいです」
などと送れば、たぶん相手は困る。
私は作家を目指しているけれど、婚活メッセージに文学賞はない。
むしろ必要なのは、感じのよさ、返信しやすさ、重すぎない温度。美容業界で接客していた頃に身につけた「相手が心地よく話せる空気」を、スマートフォンの小さな画面でも一生懸命つくろうとしていた。
接客の仕事では、お客様が話しやすいように笑い、言葉を選び、相手の気分をくみ取る。それは私の好きな仕事だった。
けれど婚活で同じことを続けていると、ふと分からなくなる。
今、感じよく笑っている私は、本当に私なのだろうか。
もちろん、愛想よくすることが嘘だとは思わない。人と出会うための礼儀でもある。
ただ、私はいつの間にか「相手を知りたい」よりも、「嫌われない返事をしなくては」と考える時間のほうが長くなっていた。
結婚したい。
でも、必死だと思われたくない。
誰かと暮らしたい。
でも、一人の静かな夜も手放したくない。
ちゃんと向き合える人に会いたい。
でも、また最初から自己紹介をするのは面倒くさい。
我ながら、注文の多い喫茶店である。しかも本人はアイスコーヒー一杯で長居している。
そんな私に友人が言った。
「アプリに飽きたなら、結婚相談所も見てみたら?」
私はストローを回す手を止めた。
「いやいや、相談所はまだ早くない?」
そう答えながら、自分でも不思議だった。
結婚を考えて婚活しているのに、結婚相談所を「まだ早い」と感じる。
では、いつならちょうどいいのだろう。
白馬に乗った王子様が、入会申込書を持って迎えに来た日だろうか。
「まだ早い」と言いながら、私は説明を最後まで読んだ
結婚相談所という言葉には、私の中で少し固いイメージがあった。
高そう。
真剣すぎて逃げ道がなさそう。
入会した瞬間、頭の上に「結婚希望」と大きく表示されそう。
そして何より、自分だけでは結婚相手を見つけられなかったと認めるようで、少し悔しかった。
美容業界で働いていた頃、お客様から恋愛や結婚の話を聞くことがよくあった。
「いい人がいないんです」
そう言いながら笑う方もいれば、鏡の中の自分を見つめたまま、静かにため息をつく方もいた。
私は髪や肌のお手入れについては話せても、その人の寂しさを簡単に直すことはできなかった。
ただ、誰かに話しているうちに表情がやわらかくなる瞬間は、何度も見てきた。
問題がすぐ解決しなくても、ひとりで考え続けなくてよくなるだけで、心には少し余白ができる。
結婚相談所にも、そういう部分があるのかもしれない。
アプリでは、写真を選ぶのも、自己紹介を書くのも、相手を探すのも、やり取りを続けるのも、会う約束をするのも基本的には自分だ。
自由な反面、迷ってもスマートフォンは相談に乗ってくれない。
夜中に「この返信、変じゃない?」と聞いても、画面は顔を明るく照らすだけである。照明としては優秀だが、助言者としてはかなり無口だ。
友人と別れた夜、私はベッドの上で「結婚相談所 フィオーレ」と検索した。
興味本位。ほんの少し見るだけ。
そう自分に言い訳しながら、料金やサービスのページまでしっかり開いた。
興味本位の人は、たぶん料金まで見ない。
見たとしても、複数のページを行ったり来たりしない。
私はもう、かなり前のめりだった。
フィオーレは、専任のコーディネーターによるサポートを受けながら活動できる結婚相談所だという。公式サイトでは、2026年7月時点の登録会員数を75,048名とし、お相手検索やお見合いの申し込みを無料・無制限で行える点などを紹介している。
もちろん、会員数が多いからといって、自動的に自分に合う人と出会えるわけではない。
申し込みが無制限でも、私の心と予定には制限がある。
それでも「自分一人で画面を眺め続ける婚活」以外の方法があると知るだけで、少し呼吸がしやすくなった。
そこで私が小さな事件を起こした。
資料請求の入力画面を見ながら、友人へスクリーンショットを送るつもりが、別の友人とのグループに送信しかけたのだ。
そこは、仕事の話と、おいしかったお菓子と、芸能人の結婚ニュースが流れてくるグループである。
慌てて指を止めた私の心拍数は、その日の歩数より働いた。
なぜ、そんなに隠したかったのだろう。
結婚したいと思うことは、恥ずかしいことではない。
相談所を調べることも、負けではない。
それでも私は、「そこまで真剣なの?」と思われるのが怖かったのだと思う。
真剣に願っていることほど、人には軽く見せたくなる。
傷ついたとき、「別にそこまで欲しくなかったし」と言えるように、最初から逃げ道をつくっておきたくなるから。
でも、その逃げ道に長く立っていると、どこにも進めない。
送信しかけた画面を閉じ、私はもう一度フィオーレの資料請求ページへ戻った。
入会ではなく、まず「知る」だけならできそうだった
結婚相談所を検討するとき、最初に気になったのは、やはりお金だった。
私は年収300万円で暮らす独身女性だ。恋には夢を見たいけれど、銀行口座はいつも現実派である。
初期費用、月会費、お見合い料、成婚時の費用。
何にいくら必要なのか。途中で活動を休みたくなったらどうなるのか。自分にはどのコースが合うのか。
公式サイトを見ると複数の活動スタイルが用意されているが、費用やサービス内容はコースによって異なる。キャンペーンや条件が変わる可能性もあるため、入会を決める前に、現在の料金と総額、解約・休会条件まで確認したほうがいいと思った。
担当者の支援が心強い人もいれば、自分のペースで自由に探したい人もいる。
「相談されるより、自分で決めたい」という人には、結婚相談所の仕組みが少し窮屈に感じられるかもしれない。
また、紹介や申し込みの機会が増えても、必ず理想の相手と会えるわけではない。入会すれば結婚が決まる、という魔法の扉でもない。
だから私は、いきなり入会を決めなくていいと思う。
フィオーレには、WEBパンフレットまたは郵送を選べる無料の資料請求窓口がある。フィオーレ公式・資料請求フォーム
「資料を請求したら、入会しなくてはいけないのでは」
そんな緊張もあった。
けれど資料請求は、結婚の契約ではない。
自分に合うかどうかを判断するための情報を受け取るだけだ。
気になる場合は、資料請求後の案内方法や連絡の有無もフォームや個人情報の取り扱いで確認しておくと安心だと思う。
私は、婚活で何度も「会ってみないと分からない」と言われてきた。
たしかに人は、プロフィールだけでは分からない。
同じように、結婚相談所も名前の印象だけでは分からない。
料金は想像より高いかもしれない。反対に、一人で迷い続ける時間や、真剣度の分からない相手とのやり取りに疲れている人には、サポートを含めて検討する価値があるかもしれない。
資料を見た結果、「今の私にはアプリのほうが合う」と思ってもいい。
ほかの相談所と比較してもいい。
もう少し一人でいたいと気づいてもいい。
資料請求の目的は、自分を無理に入会へ追い込むことではなく、曖昧だった気持ちに輪郭をつけることなのだと思う。
私が欲しかったのは、すぐに結婚できる保証ではなかった。
このまま同じ方法を続ける以外にも、選択肢があると知ることだった。
親指を休ませたら、結婚したい理由が少し見えた
数日後、同じ友人とまたカフェへ行った。
「で、資料は見たの?」
友人は、ケーキのいちばんおいしそうな部分を迷いなくフォークですくいながら聞いた。
「まだ請求するか考えてる」
そう答えると、友人は笑った。
「考えるために資料をもらうんじゃないの?」
正論は、ときどきケーキより刺さる。
私は、結婚相談所へ入るかどうかを決めてから資料を取り寄せようとしていた。
でも順番は逆だ。
分からないから、見る。
迷っているから、比べる。
自分の希望がまだ言葉になっていないから、情報を集める。
それでよかった。
私は結婚したい。
けれど「結婚」という肩書だけが欲しいわけではない。
仕事で疲れた日に、今日あったくだらない話をできる相手がいたらいい。
スーパーで少し高い桃を買うか迷ったとき、「今日は買おう」と一緒に笑える人がいたらうれしい。
一人で過ごす時間も尊重しながら、二人でいる安心も育てたい。
そんな希望を口にすると、欲張りに見えるかもしれない。
でも、人生を一緒に過ごす相手のことなのだから、少しくらい欲張りでもいいと思う。
大切なのは、条件を増やし続けることではなく、自分がどんな暮らしを望んでいるかを知ることだ。
結婚相談所は、焦った人が最後に行く場所ではなく、結婚を考え始めた人が選択肢を整理する場所の一つなのかもしれない。
マッチングアプリが悪いわけではない。アプリで素敵な人に出会う女性もいるし、気軽に始められるよさもある。
ただ、アプリを開くことが楽しみより義務に近くなったときは、方法を変えてもいい。
婚活をやめるか、我慢して続けるか。
選択肢は、その二つだけではなかった。
その夜、私はベッドの上でスマートフォンを開いた。
いつものようにアプリのアイコンへ親指を伸ばし、少し考えてから、フィオーレの資料請求ページを開いた。
入力欄を一つずつ埋めていく。
人生が決まるような音はしなかった。
部屋にはエアコンの低い音があり、テーブルには飲みかけの水があり、鏡の中には部屋着の私がいた。
相変わらず、結婚への迷いは残っている。
自由も惜しいし、お金も心配だ。できれば傷つきたくないという、ずいぶん都合のいい願いも持っている。
それでも、昨日までの私は「結婚相談所はまだ早い」と、よく知らないまま扉を閉めていた。
今日の私は、その扉の向こうを少しだけ見てみようとしている。
資料を取り寄せたからといって、明日、運命の人が玄関に届くわけではない。届くのはパンフレットである。
でも今の私には、それくらいの小さな一歩がちょうどいい。
アプリを閉じた夜、あなたなら次に、どんな選択肢をそっと開いてみますか。
※サービス内容・料金・会員数などは変更される場合があります。資料請求や入会を検討する際は、必ず公式サイトで最新情報と契約条件をご確認ください。









