鏡の前で分け目を三度直した朝、女性用育毛剤を探し始めた

朝の洗面所で、私は髪の分け目を三回変えた。
右に流して、左に流して、最後は「今日は風が強かったことにしよう」と、まだ外にも出ていないのに天気のせいにした。
鏡は何も言わない。
言わないけれど、照明の真下で分け目だけを妙に明るく照らしてくる。朝からずいぶん仕事熱心である。
ドライヤーの温かい風を当てながら、私は指先で頭頂部の髪をふんわり持ち上げた。
少し立ち上がる。
でも、手を離すとすぐに戻る。
まるで月曜日の私のやる気みたいだった。
「薄くなったというより、髪が少し元気をなくしているだけ」
そう言い聞かせながら、私はスマートフォンを開いた。
検索窓に入力したのは、「女性用育毛剤 忙しい 続けやすい」。
悩みは深刻なのに、検索条件にはしっかり“ラクさ”を入れている。
きれいになりたい気持ちは本物だ。
ただし、できれば面倒なことは少なめでお願いしたい。
それもまた、かなり本物の気持ちだった。
髪の悩みより、気づいてしまった自分がつらかった
薄毛や分け目の変化が気になり始めると、不思議なことに髪だけを見ているつもりなのに、心まで少し小さくなる。
電車の窓に自分の頭頂部が映っていないか気になったり、カフェの照明が真上にある席を避けたくなったりする。
友人と写真を撮るときも、顔より先に分け目を確認してしまう。
以前の私は、写真を見て「二重あごになっていないかな」と心配していた。
今では確認項目に頭頂部まで追加された。
美容の自己点検表が、年々ロングバージョンになっていく。
けれど、誰かに相談するほどでもないと思っていた。
「最近、髪が少なくなった気がするんだよね」
そう口にした瞬間、本当に薄毛に悩んでいる人になってしまいそうで怖かったのだ。
気にしているのに、気にしていないふりをする。
調べたいのに、検索履歴には残したくない。
育毛剤を使ってみたいのに、洗面所に置いたら毎朝現実を突きつけられそうで嫌だった。
私は髪を増やしたいというより、もしかすると「まだ大丈夫」と思える自信を取り戻したかったのかもしれない。
隠したかったのは分け目ではなく、焦っている気持ち
美容業界で働いていた頃、髪の悩みを話すお客様は少なくなかった。
「最近、トップがぺたんこになるのよ」
「昔より髪型が決まりにくくて」
そんな言葉を聞くたび、私は商品やお手入れ方法を案内していた。
けれど、お客様が本当に困っていたのは、髪の本数だけではなかったように思う。
鏡を見るたびに感じる年齢への戸惑い。
以前と同じように整えているのに、同じようには仕上がらない寂しさ。
誰かに指摘される前に、自分で気づいてしまったときの心細さ。
接客をしていた私は、それを分かっているつもりだった。
ところが自分の番になると、話は別である。
人には「早めのお手入れが大切ですよ」と言っていたのに、自分には「あと一か月様子を見よう」と言い続けた。
その一か月は二か月になり、気づけば季節まで変わっていた。
専門家のような顔で働いていた昔の私に会えたなら、たぶん静かに叱られる。
「その分け目、天気のせいにはできませんよ」と。
ある日、婚活に出かける前、私はいつもより念入りに髪を整えた。
頭頂部にボリュームを出そうとして、ヘアスプレーを少し多めに使った。
少しのつもりが、手元が勢いづいてかなり多めになった。
完成した髪は、ふんわりというより、そこだけ妙に意志が強かった。
待ち合わせ場所へ向かう途中、強い風が吹いた。
ほかの髪は揺れているのに、スプレーで固めた部分だけが微動だにしない。
髪型というより、小さな屋根である。
その日の相手は優しい人で、髪については何も言わなかった。
けれど、カフェのガラスに映る自分を見た私は、デート中ずっと気になっていた。
「隠そうと頑張るほど、私は自分の髪を嫌いになっているのかもしれない」
そう思ったら、少し悲しくなった。
誰かに選ばれるために完璧に整えたかったわけではない。
本当は、鏡の前で落ち込まずに出かけたかっただけなのだ。
忙しい私には、立派な決意より一日数分のほうが似合う
髪のためにできることを調べると、睡眠、食事、頭皮ケア、ストレス対策など、いろいろな情報が出てきた。
どれも大切そうだった。
そして、どれも今の私には少しまぶしかった。
早く寝る。
栄養バランスのよい食事を作る。
ゆっくりお風呂に入り、丁寧に頭皮をマッサージする。
文章だけを見ると、とても美しい一日である。
ただ、現実の私は夜遅くまでパソコンに向かい、夕食後の食器を見ないふりをしながら、ベッドの上でスマートフォンを眺めている。
丁寧な暮らしより、洗濯物を取り込んだ自分を褒めたい日もある。
そんな私が注目したのが、女性用育毛剤だった。
もちろん、塗ればすぐに何もかも解決するとは思っていない。
髪や頭皮の状態には個人差があるし、生活習慣や体調など、いろいろなことが関係しているはずだ。
急に抜け毛が増えたときや、頭皮に強いかゆみ、痛み、赤みなどがある場合は、自己判断だけで済ませず医療機関へ相談することも必要だと思う。
それでも、女性用育毛剤には、忙しい人でも普段の生活に取り入れやすいという魅力があった。
朝や夜、髪を整えるついでに頭皮へ使う。
商品によって使用回数や使い方は異なるため、説明を確認して正しく続ける。
大がかりな準備をしなくても、いつもの洗面所で始められる。
その手軽さは、私にとってかなり大きかった。
毎日一時間の努力は続けられなくても、数分ならできるかもしれない。
「頑張れる人になってから始める」のではなく、「頑張れない日にもできることを選ぶ」。
そのほうが、今の私には合っている気がした。
女性用育毛剤を探すとき、私が確認したのは、女性向けの商品であること、使用方法が複雑すぎないこと、香りが強すぎないこと、続けられそうな価格かどうかだった。
頭皮に直接使うものなので、配合成分や使用上の注意もきちんと読む。
敏感肌の私は、いきなり大量に使わず、少量から様子を見たいと思った。
さらに、一本使っただけで大きな変化を期待しすぎないことも大事だと感じた。
価格を見た瞬間は、正直に言えば少し迷った。
「この金額があれば、ちょっといいランチに何回行けるだろう」
なぜ美容商品を見ると、私はすぐ食べ物に換算してしまうのだろう。
しかも、ランチには迷わずデザートまでつける。
けれど、何か月も分け目を気にしながら、ヘアスプレーやボリューム用の小物を買い足し続けるより、一度きちんと頭皮のお手入れを始めてみるのも悪くないと思った。
一方で、毎日のお手入れそのものが苦痛な人や、すぐに分かりやすい変化を求める人には向かないかもしれない。
決められた使い方を続ける必要があるし、使った瞬間に髪がふさふさになる魔法ではない。
頭皮に合わないと感じたら、無理に使い続けないことも大切だ。
期待しすぎず、でも自分を放っておかない。
そのくらいの距離感で付き合える人に向いているのだと思う。
髪を育てる時間は、自分を雑に扱わない時間だった
女性用育毛剤を使うようになってから、私の朝が劇的に変わったわけではない。
相変わらず目覚ましを二回止めるし、コーヒーを入れている間に何をしようとしていたのか忘れることもある。
けれど、鏡の前で頭皮に育毛剤を使う数分間だけは、自分のことを後回しにしなくなった。
指の腹で頭皮になじませながら、今日は少し疲れているな、と気づく。
最近、寝る時間が遅かったなと思う。
食事が適当になっていたことを反省する日もある。
育毛剤は髪のために使っている。
でも、その数分は、自分の生活を小さく点検する時間にもなっていた。
私はずっと、「きれいになるにはもっと努力しなければ」と思っていた。
丁寧に暮らし、早く寝て、栄養を考え、運動して、いつも笑顔でいなければならない。
けれど、忙しい毎日の中で全部を完璧にしようとすると、何も始められない。
必要だったのは、立派な美容習慣ではなく、今の生活に置ける小さなお手入れだったのかもしれない。
薄毛の悩みは、育毛剤を一本使っただけですべて消えるものではない。
分け目を気にする朝もあるし、写真を撮る前に頭頂部を確認してしまう日もある。
それでも、以前のように「見なかったことにしよう」とは思わなくなった。
気になっている自分を認めて、できる範囲で手をかける。
それだけで、鏡に映る私は少しだけ頼もしく見えた。
今朝も、洗面所の照明は分け目を正直に照らしていた。
私は髪を右に流し、少し考えてから、いつもの位置へ戻した。
無理に隠すより、今日できるお手入れをして出かけよう。
育毛剤を頭皮になじませ、ドライヤーの風で髪をふんわり乾かす。
完璧なボリュームではない。
でも、鏡の前で天気のせいにする回数は、少し減った。
昨日よりほんの少しだけ、自分を雑に扱わずに済んだ朝だった。
あなたが鏡の前で見ないふりをしている小さな悩みには、どんなお手入れなら無理なく寄り添えそうですか。



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