夜十一時、私は暗いリビングで、知らない男女のキスシーンを三回も巻き戻していた。
恋に飢えていたからではない。字幕を読み損ねただけである。
けれど、三回目ともなると、画面の中の二人より私のほうが未練深く見えてくる。ローテーブルのコーヒーはすっかり冷え、婚活アプリの通知だけが、伏せたスマートフォンの下で小さく震えていた。
「今日はもう、人と会話したくない」
そう思って帰ってきた夜に限って、私は物語の中の誰かの会話を聞きたくなる。
一人になりたい。でも、ひとりぼっちは少し寂しい。
この矛盾は、独身女性の部屋にだけ届く、頼んだ覚えのない定期便なのかもしれない。
作家を目指しながらブログを書いている私は、昼間は言葉を探し、夜になると言葉から逃げる。
飲食業界と美容業界で約十年働いていた頃は、お客様や同僚の声に囲まれていた。今は静かな部屋で、自分の心の声がよく聞こえる。
聞こえすぎて、たまに音量を下げたくなるほどだ。
部屋が静かだと、洗濯機の終了音まで人生への催促に聞こえる。
「洗濯物も将来も、そろそろ取り出してください」
そう言われているようで落ち着かない。
もちろん洗濯機は、私の結婚適齢期など一ミリも気にしていない。気にしているのは、いつだって私のほうだった。
そんな夜、私の部屋で静かに明かりをつけてくれたのが、Amazon Prime Videoだった。
一人の夜に、誰かの人生を少しだけ借りる

「寂しくない」と言い切るには、夜が長すぎた
一人暮らしは自由だ。
夕食に納豆とプリンを並べても、誰にも献立の会議を開かれない。
お風呂上がりに化粧水を塗ったまま床へ寝転んでも、「そこで寝たら風邪をひくよ」と言う人はいない。
自由はおいしい。
けれど、ときどき味が薄い。
婚活中の私は、「一人の時間も好きです」とプロフィールに書いている。
嘘ではない。
でも、正確に書くなら、
「一人の時間も好きです。ただし、金曜の夜に予定がなくても動じていない顔をするには、少々の演技力を要します」
になる。
もちろん、そんな長文を載せたら、自己紹介ではなく注意事項だ。
ある金曜日、婚活で知り合った人との食事がなくなった。
相手から届いたのは、「仕事が長引いて」の一文。
私は「大丈夫です。お仕事頑張ってください」と、余裕のある大人の女性らしい返信をした。
送信した直後、冷蔵庫を開けた。
何かを確かめたかったのだと思う。
たぶん、自尊心の在庫だ。
実際に入っていたのは、卵二個と賞味期限ぎりぎりのヨーグルトだった。
誰かに選ばれなかったような気持ちで夜を終えるのは、少し悔しい。
だからといって、無理に友人を誘う元気もない。
SNSを開けば、楽しそうな食事や旅行が流れてくる。見ているうちに、寂しさへ勝手に比較が混ざり、ずいぶん濃い味になってしまう。
「もう今日は、他人の現実を見ない」
そう決めて、現実ではない物語を見ることにした。
逃げたと言えば、そうなのかもしれない。
でも人には、正面突破ではなく、いったん映画館の裏口へ回ったほうがいい夜もある。
主人公になるつもりが、深夜二時の脇役になった
最初は一本だけ見るつもりだった。
映画を一本見て、温かい飲み物を飲み、余韻に包まれながら眠る。
翌朝は少し早く起きて、作家志望らしくノートに感想を書く。
私の頭の中では、そんな知的で美しい予定が完成していた。
現実は、ドラマを三話続けて見たあと、関連作品の予告まで見て、午前二時十七分にポテトチップスの袋を逆さに振っていた。
余韻ではなく、塩に包まれている。
しかも、翌朝の私は寝坊した。
慌ててコーヒーをいれ、寝ぼけたままスマートフォンを触ったら、婚活相手へ送るつもりだった「昨日は残念でした。また都合が合えば」という文章を、自分だけのメモ欄に保存していた。
相手には何も届いていない。
私の余裕は、完全に自家消費されていた。
便利なサービスがあるからといって、私の生活まで自動的に整うわけではない。
見放題という言葉は魅力的だが、私の睡眠時間まで差し出し放題にしてはいけないらしい。
それ以来、「平日は一話」「映画は寝る時刻から逆算」と、かなり地味なルールを作った。
大人になるとは、自制心が立派になることではなく、自分が自制できない条件を少しずつ把握することなのだと思う。
飲食店で働いていた頃、閉店間際のお客様が「これを食べたら明日も頑張れる」と、デザートを注文することがあった。
私はその言葉が好きだった。
美容の仕事では、施術を終えたお客様が鏡ではなく、まずスマートフォンの時計を見ることもあった。
家事や仕事へ戻る時間を気にしながら、それでも自分のために一時間を使いに来ていたのだ。
人をきれいにするには、まず自分の心が整っていること。
接客の現場でそう学んだ私は、心を整える方法をずっと「きちんとしたもの」に限定していた気がする。
早寝、運動、読書、丁寧なスキンケア。
どれも大切だけれど、毎晩そんな優等生ではいられない。
何も考えずに笑えるアニメや、見たことのない国へ連れていくドキュメンタリーも、私にはちゃんと休息だった。
見放題の棚で、今夜の自分を選び直す
Amazon Prime Videoを意識して使うようになったのは、作品数の多さだけが理由ではない。
映画、ドラマ、アニメ、ドキュメンタリー、スポーツやライブ配信など、その日の気分に合わせて入口を変えられるところが、今の私に合っていた。
恋愛映画を見たい夜もあれば、恋愛という単語すら視界へ入れたくない夜もある。
婚活で会話を頑張った日は、複雑な人間関係のドラマより、動物のドキュメンタリーがありがたい。
ペンギンは年収を聞かないし、将来設計についても詰めてこない。
Amazonオリジナル作品を含め、ほかでは見つけにくい番組に出会えるのも楽しい。
作品を探しているうちに、
「私は今日は笑いたいんだな」
「いや、少し泣いて気持ちを外へ出したいのかも」
と、自分の状態に気づくことがある。
スマートフォン、タブレット、パソコン、対応テレビなど、複数のデバイスで見られるのも助かる。
私は夕食中はテレビ、洗濯物を畳むときはタブレット、移動前にはスマートフォンへ対象作品をダウンロードすることがある。
通信環境のない場所でも見られるよう、対応作品を事前に保存できるのは便利だ。
電車の中で動画が止まり、登場人物がいちばん微妙な顔のまま固まる悲劇も減らせる。
ただし、ここは正直に書いておきたい。
Prime Videoの画面に並ぶ作品が、すべて追加料金なしで見られるわけではない。
プライム会員特典の対象外には、レンタル・購入が必要な作品や、別料金のチャンネルもある。
「やっと見つけた」と再生ボタンへ指を伸ばしたら、有料作品だったこともある。
あの瞬間の指は、行き場をなくした告白のように宙へ浮く。
また、対象作品は入れ替わる。
あとで見ようと先延ばしにしているうちに、見放題の対象から外れる可能性もあるため、気になる作品は配信期限を確認したほうがいい。
現在、日本のAmazonプライム会費は月額600円、年額5,900円(税込)。
Prime Videoだけでなく配送などの会員特典も含まれるが、映画やTV番組には限定的な広告が表示される。
広告なしを希望する場合は、別料金の広告フリー登録が必要になる。
「一秒も広告を見たくない」
「特定の作品だけを必ず見たい」
「動画を見る時間がほとんどない」
という人には、期待と使い方が合わないこともあると思う。
反対に、ジャンルを横断して作品を選びたい人、家でも外でも続きを楽しみたい人、観たいものがまだ明確でない人には、選択肢の広さが心強い。
私が気に入っているのは、作品を所有することよりも、その夜の気持ちに合う世界への扉を持てることだ。
「今日は何を見る?」という小さな質問には、「今日はどう過ごしたい?」が隠れている。
※リンク先にはプライム会員特典の対象作品のほか、レンタル・購入作品や別料金のチャンネルが含まれる場合があります。料金、無料体験、広告表示、配信状況は変更されることがあるため、登録・視聴前に公式画面で最新情報をご確認ください。
冷めたコーヒーにも、悪くない夜は残っている
動画配信サービスは、孤独を消してくれる魔法ではない。
見終われば部屋は静かになるし、婚活の返事が届くわけでもない。
登場人物が勇気を出したからといって、私が翌朝から急に大胆になれるわけでもなかった。
それでも、物語を見たあとの私は、ときどき自分の悩みから半歩だけ離れている。
失恋した人物に「そんな人、やめておきなよ」と画面のこちらから言いながら、数日前の自分にも同じことを言っている。
夢へ進む人物を見て、「遅くないよ」と応援しながら、作家を目指す私の背中も、ほんの少し押している。
必要だったのは、寂しさを完全になくすことではなかったのかもしれない。
寂しい自分を責めずに、二時間ほど別の世界へ座らせてあげること。
誰かに選ばれる予定がない夜にも、自分で自分の時間を選ぶこと。
それだけで、一人の夜は「余ってしまった時間」から「私に戻る時間」へ変わる。
あの夜、三回巻き戻したキスシーンの字幕は、結局たいした台詞ではなかった。
けれど、冷めたコーヒーを一口飲み、伏せていたスマートフォンを表へ返した私は、婚活アプリを開く前に次の一話をお気に入りへ入れた。
相変わらず夜更かしには弱いし、恋愛にも人生にも字幕はない。
それでも昨日より少しだけ、「一人でいる私」への扱いが上手になった気がする。
あなたが今夜、自分のために選ぶ一作は何ですか。









