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恋愛したいのに休日は守りたい|30代独身の私が試している3つの小さなこと

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恋にも一人休憩

窓際の席で、二つ目のフォークをそっと店員さんに返した。
「今日は、ひとりです」
白い皿の上には、いちじくのタルト。誰にもひと口あげなくていいと思うと、私は少しうれしかった。
恋愛の楽しさを取り戻したい日の始まりとしては、ずいぶん正直な喜びだった。

九月の午後。窓から入る光はまだ明るいのに、カップを持つ指には温かさが気持ちいい。焼けたバターの香りがして、隣のテーブルでは誰かが小さく笑っている。

私はバッグからスマートフォンを出し、届いていたメッセージを開いた。

「来週、よかったらご飯でも」

婚活で知り合い、一度お茶をした人からだった。嫌なところがあったわけではない。穏やかな人で、別れ際には駅までの道も一緒に確認してくれた。

それなのに、最初に浮かんだのは「楽しみ」より「来週の休みがひとつ減る」だった。

画面を伏せて、タルトにフォークを入れる。さくっと崩れた生地を見ながら、私は心の中で言い訳を始めた。

今週は少し疲れているし。読みかけの本もあるし。そもそも、ひとりでも困っていないし。

どれも本当だ。でも、どれも全部ではない。

目次

ひとり分のタルトと、ふたり分の迷い

ひとり暮らしには、説明しなくていい自由がある。

夕飯を早く食べても、休日に同じ映画を二度見ても、「またそれ?」と言われない。帰宅して着替えたあとの静けさも、私はかなり好きだ。

三十代になって、その心地よさが生活のあちこちに根を張った。

だから「このままひとりでもいいかも」という気持ちは、強がりだけではない。実際に、ひとりの時間に助けられている。

一方で、おいしいものを食べたとき、写真を撮るより先に顔を見たくなる相手がいたら、とも思う。帰り道に見つけた変な形の雲を、何の前置きもなく知らせたい夜だってある。

誰かと近づきたい。でも、自分の暮らしを全部明け渡すのは困る。

この二つが胸の中に同居していることを、私は長い間、気持ちが中途半端だからだと思っていた。

作家を目指して言葉を書いているくせに、自分の本音となると、なかなか一文にまとまらない。ブログには何度も書き直せるのに、恋愛中の返事はなぜか一発で感じよく決めたくなる。

好きになる前から、うまくやろうとして疲れている。

タルトの端をつつきながら、最近の私には、その順番が多かったのかもしれないと思った。

今日は、急に恋愛上手になれた話ではない。婚活中の私が、恋愛の楽しさをもう一度感じるために、少しずつ試している三つのことを書いてみたい。

まだ「ひとりの方が楽」と思う日はある。その気持ちも、席につかせたままで。

「次につながる?」が、コーヒーより先に来ていた

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以前、初めて会った人とカフェで向かい合ったときのこと。

メニューを開いた相手が「こういう店、よく来るんですか」と聞いてくれた。私は答えながら、頭の片隅で別のことを考えていた。

休日の過ごし方は合うだろうか。仕事は忙しいのだろうか。結婚を考える時期は同じだろうか。

確かめたいことがあるのは自然だと思う。私も婚活中だから、将来の話をずっと避けたいわけではない。

ただ、その日は相手の言葉を聞くたびに、心の中で何かを判定していた。コーヒーが届くころには、脳内の面接官が履歴書をめくり始めていた。求人を出した覚えはないのに。

帰宅して思い出せたのは、相手の勤務時間と最寄り駅。途中で二人とも笑ったはずなのに、何が面白かったのかは、うまく取り出せなかった。

それが少し、さみしかった。

飲食の仕事をしていたころ、お客様の表情がふっとほどける瞬間が好きだった。

注文を間違えないように、待たせないようにと必死になっている日は、必要なことしか話せない。少し余裕がある日は「今日は外、暑かったですね」という一言から、その人の声の調子が変わることがあった。

飲食と美容の現場で約十年働いて、段取りの大切さは身にしみている。でも、人と過ごす時間のよさは、予定していなかった一言に宿ることもある。

私は恋愛で、その一言を拾う余裕をなくしていたのかもしれない。

そこで試している一つ目は、会うたびに結論を出そうとせず、その時間の中で楽しかったことを一つ拾うこと。

相手と一緒に笑えたことでも、お互い好きな食べ物が見つかったことでもいい。会った帰りに、「今日、私は何を楽しんだんだろう」と自分のために思い返す。

次に会いたいかは、そのあとに考える。楽しかった場面が一つあっても、また会う義務はない。

逆に、最初から大きくときめかなかったからといって、楽しかった時間までゼロにしなくていいのだと思う。

もちろん、嫌だった言葉や無理をした感覚は、楽しい出来事で塗りつぶさない。「いいところを探さなきゃ」と頑張り始めたら、私はまた別の採点表を作ってしまう。

何も拾えない日もある。その日は、ただ合わなかったのかもしれないし、私が眠かったのかもしれない。

一度の外出に、恋愛の未来を丸ごと背負わせない。そのくらいから始めると、少なくとも私は、相手の話を前より聞けるようになった。

好きでもない美術館で、私は背伸びをしていた

そんなことを考えるようになる少し前、友人に笑われた失敗がある。

気になる人から「休日は何をしているんですか」と聞かれて、私は「美術館に行ったりします」と答えた。

美術館が嫌いなわけではない。展示を見て心が動いたこともある。ただ、最後に行ったのは、かなり前だった。

本当の休日は、洗濯機を回し、本を少し読み、近所でパンを買って、帰ってからもう一度横になることが多い。

でも、そのまま話すのは地味に思えた。相手が落ち着いた雰囲気の人だったので、私も静かに文化を愛する女性でいたくなったのだ。

「最近は、何を見ました?」

そう聞かれた瞬間、頭の中で展示がすべて撤収された。

私は間を置いて、「最近は、あまり行けていなくて」と答えた。嘘をつき通すほどの準備も度胸もないのに、入口だけ立派にしてしまった。

後日、その話を友人にすると、彼女は笑ったあとで言った。

「パン屋さんの話してるときの方が、楽しそうなのに」

少し恥ずかしかった。でも、その言葉が残った。

私は恋愛の楽しさを探しているつもりで、「恋愛していそうな自分」を演じる準備ばかりしていたのかもしれない。

それ以来、二つ目として、自分がもともと好きなことを、人と過ごす時間にも少し持ち込むことを意識している。

評判のいい場所より、自分が気になっていた小さな喫茶店。難しい話題より、最近読んだ本の中の、妙に忘れられない一文。

まだ親しくない人なら、安心して会える、人目のある場所を選ぶ。そのうえで「何でもいいです」と全部渡してしまう前に、自分の希望も一つ出してみる。

「長いコース料理より、お茶からだとうれしいです」

その程度でも、私には少し勇気がいる。相手の提案に合わせた方が感じがいいような気がして、つい希望を引っ込めそうになるから。

けれど、自分の好きなことが一つ入っていると、出かける前の気分が違う。会話が弾むかどうか以外にも、その日を楽しみにできる理由ができる。

相手が同じものを好きである必要もない。

私がパンの焼き目の話をして、相手が「そんなところを見るんですね」と面白がってくれたら、それで十分うれしい。相手が好きなものの話も、わからないなりに聞いてみたい。

趣味が一致するかだけでなく、お互いの「好き」を置いておける感じ。その居心地を、私は知りたいのだと思う。

ひとりで行った方が満喫できる場所は、ひとりの楽しみとして残しておく。何もかも二人用に変えなくていい。

私には、誰かに合わせる練習より、自分が楽しいと感じる瞬間を隠さない練習が必要だった。

日曜日を半分残したら、返事が少し軽くなった

窓際の席に戻って、もう一度スマートフォンを手に取る。

「来週、よかったらご飯でも」

この誘いのどこが重かったのか、今度は少し具体的に考えてみた。

会いたくないのか。それとも、夜まで続く外出を想像して疲れているのか。

私の場合は、後者が大きかった。

服を決めて、髪を整えて、移動して、食事をして、帰ってくる。楽しくても、翌日のことを考えると少し身構える。相手が悪いのではなく、私に残っている元気と、想像した予定の大きさが合っていなかった。

三つ目は、ひとり時間を先に確保してから、無理なく会える長さやペースを伝えること。

私は以前、誘われた日に用事がないと、「会える日」だと思っていた。家で休む予定は、誰かとの約束が入れば消してもいいものとして扱っていた。

でも、家で何もしない午後にも、私はずいぶん支えられている。

それを毎回なくしてしまうから、恋愛が近づいてくると、暮らしを守ろうとして身構える。会う前から疲れて、疲れた自分を見て「もう恋愛に興味がないのかも」と結論を急いでいた。

本当に恋愛を休みたい時期もあると思う。私も、誰とも会わずに過ごしたい日はある。

ただ、予定の組み方を変えるだけで会いたくなるのなら、今の私には、その小ささがちょうどいいのかもしれない。

返信欄に「ぜひ! いつでも大丈夫です」と打ちかけて、消した。

いつでもは、大丈夫ではない。

私は少し考えて、こう送った。

「来週の日曜なら、午後に一時間くらいお茶できそうです。それでもよければ、またお話ししたいです」

送信すると、少しだけ胸がざわついた。短い時間では失礼だっただろうか。乗り気じゃないと思われただろうか。

自分の希望を伝えたくらいで、急に堂々とできるわけではない。送った文章を二度読み返し、三度目はやめてカップを持った。

しばらくして、「大丈夫です。お茶にしましょう」と返事が来た。

それだけで相性がいいと決まるわけではない。会ってみたら話が続かない可能性も、私の方がもう少し話したくなる可能性もある。

それでも、「一日がなくなる」と思っていた予定が、「午後に会いたい人がいる」に変わった。その違いは、私には大きかった。

昼前には洗濯をして、帰りにはパンを買える。夜は読みかけの本を開ける。

ひとりの暮らしがちゃんと続いている。その中に、誰かと話す時間を置いてみる。

そう考えたら、次はあの人のどんな話を聞けるだろう、と少し楽しみになった。

恋愛の楽しさを蘇らせると聞くと、私はもっと大きな変化を想像していた。出会いを増やすとか、自分を磨くとか、思い切って行動するとか。

けれど今、私が試したいのは、会った時間をすぐ結果に変えないこと、自分の好きを隠さないこと、ひとりの時間を残しておくこと。その三つくらいだ。

これで誰かを好きになれるとは限らない。恋愛よりひとりがいい、という気持ちが変わらなくても、それはそれで今の私の答えなのだと思う。

ただ、「楽しまなきゃ」「進めなきゃ」と自分を追い立てる声は、少し小さくなった。

あなたなら、誰かと過ごす日にも、どんなひとり時間を残しておきたいですか。

お皿には、いちじくがひとかけら残っていた。

私はスマートフォンをバッグにしまい、最後のひと口をゆっくり食べた。果肉の甘さのあとに、コーヒーの苦みが戻ってくる。

来週の今ごろ、もう一度会えてよかったと思うのか、それとも家に帰ってほっとするのか。まだ、わからない。

でも、今日はひとりでタルトを食べてよかった。

二つ目のフォークが必要になる日も、自分の分を遠慮せず食べられる私でいたい。


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