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「そんなに食べてない」の正体を知った朝。カロリー制限が必要な人、いらない人

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朝7時12分。

トースターからパンの焼ける匂いがしているのに、私はキッチンでヨーグルトの容器を持ったまま固まっていた。

原因は、スマートフォンの画面に表示された数字だった。

昨夜、軽い気持ちで入力した食事記録。

夕食、まあ普通。

間食、少々。

その「少々」を全部入力してみたら、少々が小さな町内会くらいの規模になっていた。

「私、昨日こんなに食べてたの?」

スマートフォンは答えない。

こういうときだけ、実に仕事のできる無口な上司である。

ダイエットという言葉を聞くと、私は長いこと「食べる量を減らすこと」と「我慢すること」をほとんど同じ意味で考えていた。

でも最近は、少し違う。

食べる量を減らす必要がある人も、たしかにいる。

とくに、日常的な過食によって摂取エネルギーが消費エネルギーを上回り、それが体重増加につながっている場合だ。

ただし。

だからといって、全員が今日から夕食を豆腐半丁にすればいい、という話でもない。

人生もダイエットも、どうしてこう「ちょうどいい」がいちばん難しいのだろう。

『少々』が、全員集合していた。
目次

私が減らすべきだったのは、ご飯より先に「なかったことにする癖」だった

「そんなに食べてない」は、私の中でかなり便利な言葉だった

以前の私は、自分はそれほど食べるほうではないと思っていた。

朝は軽め。

昼は普通。

夜だって、大盛りを頼むわけではない。

「私、そんなに食べてないんだけどな」

これはダイエット中の私が何度も口にしてきた言葉である。

ただ、この文章には小さな但し書きがつく。

朝食と昼食と夕食“だけなら”。

問題は、その間だった。

仕事帰りに買ったカフェラテ。

「今日は疲れたから」と追加した焼き菓子。

夕食を作りながらつまんだチーズ。

夕食後に「これはデザートじゃなくて果物だから」と食べたもの。

そして、そのあとに「果物はデザートではないという理論」を祝うように食べた小さなチョコレート。

一つひとつは大事件ではない。

むしろ全部、かわいい。

かわいいものが集団になると、数字の上では全然かわいくなかった。

飲食業界で働いていた頃、私はよくお客様のテーブルを見ていた。

料理を残す人もいれば、食事をしっかり食べたあとに「別腹だから」とデザートを楽しむ人もいた。

もちろん、それ自体が悪いわけではない。

食事には楽しみがある。

誰かと囲むテーブルには、カロリーだけでは測れない時間がある。

けれど、自分自身については、その「楽しみ」が毎日の習慣になっていることに私はなかなか気づかなかった。

というより、薄々気づいていて見ないふりをしていたのかもしれない。

体重計に乗った朝だけ、

「昨日ちょっとむくんでるだけかな」

と思う。

一週間後も、

「今週は女性特有のいろいろがあるし」

と思う。

一か月後には、

「この体重計、床との相性悪い?」

となる。

最後には機械を疑い始める。

体重計に人格があったら、かなり迷惑な話である。

体脂肪や体重が増える理由は一つではない。

体調、活動量、年齢、薬、病気、睡眠や生活習慣など、さまざまな要素が関係する。

ただ、もし「食べる量が以前より明らかに増えている」「間食や飲み物も含めると摂取量がかなり多い」という状態なら、その量を見直すことには意味がある。

日本肥満学会も、肥満症の体重減少には食事摂取エネルギーを減らすことが有効だとしています。一方で、必要な栄養素を確保し、個々の状態に合わせた食事療法を行うことも重要だとされています。

ここが、私が以前勘違いしていたところだった。

「食べすぎているなら減らす」

と、

「食べないほど痩せるから、とにかく減らす」

は、似ているようでまったく違う。

サラダだけで頑張った午後、私はクッキーに完敗した

昔、一度だけものすごく張り切ったダイエットをしたことがある。

その日の昼食はサラダ。

以上。

葉っぱの上に鶏肉が少し乗っていたと思う。

私はそれを食べながら、

「今日の私、かなり意識高い」

と思っていた。

午後3時までは。

4時になるころには、お腹の中で小さなデモ行進が始まった。

5時には、

「糖分をよこせ」

とシュプレヒコールが聞こえる気がした。

仕事が終わって帰宅するころ、私はコンビニに入り、クッキーを買った。

一袋ではない。

念のため二袋。

何の念のためだったのか、今でも分からない。

結局その日は、昼食を普通に食べた日よりも夕方から夜にたくさん食べた。

そのときは自分の意志が弱いのだと思った。

「私はダイエットが続かない人間なんだ」

とまで考えた。

でも今振り返れば、単純に昼を減らしすぎて、お腹がすいていただけなのだと思う。

美容業界で働いていた頃も、「早く結果を出したい」と頑張りすぎてしまう人を何人も見た。

スキンケアなら、一度に何種類も重ねる。

ダイエットなら、急に食事を減らす。

運動なら、初日から全力。

真面目な人ほど、アクセルの踏み方が大胆だった。

私にもその癖がある。

0か100か。

ご飯を普通に食べるか、急に仙人になるか。

でも、仙人はたぶん婚活アプリを見ながら夜11時にポテトチップスを食べたりしない。

私は仙人にはなれそうになかった。

それなら、人間のまま続けられる方法を探したほうがいい。

そう思うようになった。

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」でも、必要なエネルギー量は年齢・性別・身体活動レベルなどによって異なる考え方が示されています。つまり、「女性なら○kcal」「ダイエットなら○kcal」と一律に決めればよいわけではありません。

だから、私がまず見るようになったのは、

「今日は何kcalまで食べていい?」

ではなく、

「私は、どこで必要以上に食べている?」

ということだった。

私の場合は、夕食そのものより間食だった。

そして飲み物。

さらに、「もったいないから」とお腹がいっぱいなのに食べ切る癖。

料理を残す罪悪感はあるのに、自分のお腹をゴミ箱のように扱うことには意外と寛容だった。

これも考えてみれば不思議である。

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カロリー制限が必要になるのは「数字を減らしたい人」だけではなかった

では、どんな場合に食事量や摂取カロリーを見直す必要があるのだろう。

私なりに整理すると、いちばん分かりやすいのは、

食べる量が自分の必要量より多い状態が続き、それが体重増加につながっている場合

だと思う。

たとえば、

・以前より食事量がかなり増えた
・間食が一日に何度もある
・甘い飲料やお酒など、飲み物からの摂取が多い
・満腹でも習慣で食べ続ける
・外食や大盛りが続いている
・活動量が減ったのに食べる量は以前と変わらない

こうしたことが重なっているなら、「何を禁止するか」を探す前に、まず全体量を見直してみる価値はある。

体重を減らすには、長期的には摂取エネルギーと消費エネルギーの関係が重要になる。

日本肥満学会も、肥満症治療では食事・運動・行動療法などの生活習慣改善を基本とし、その人の背景や環境に合った方法を続けることが大切だと説明しています。

ただ、私はここで「じゃあ今日から食事を半分にしよう」とは思わない。

半分にする前に、見てみたいものがある。

たとえば私なら、

ご飯150gを100gにするより先に、夕方のカフェラテとクッキーが毎日セットになっていないかを見る。

夕食のおかずを減らすより、夜10時にテレビを見ながら何となく袋を開けていないかを見る。

栄養のある食事まで大胆に削るより、「別に空腹ではないのに食べているもの」を探す。

そのほうが、私にはずっと現実的だった。

食事の量を少なくすることは、罰ではない。

過食が続いているなら、身体にちょうどいいところまで戻してあげる調整なのだと思う。

ここを勘違いすると、

「昨日食べすぎたから今日は朝食抜き」

「体重が増えたから夕食なし」

「週末に食べる予定があるから平日は極端に減らす」

という、食事との妙な駆け引きが始まる。

私はこれを何度かやった。

そして大抵、私より食欲のほうが交渉上手だった。

減らさないほうがいい人まで、ダイエットの列に並ばなくていい

ここは大事なので、少しだけ真面目に書きたい。

「痩せたい」と思っていても、カロリー制限を自己判断で始めないほうがよいケースもある。

すでに体重が少ない人。

成長期の人。

妊娠中や授乳中の人。

食事制限や過食を繰り返している人。

摂食障害の経験や疑いがある人。

持病がある人や治療中の人。

急に体重が増えたり減ったりして原因が分からない人。

こうした場合は、「何kcal減らせばいいか」を検索するより、医師や管理栄養士などの専門家に相談したほうが安全だと思う。

厚生労働省の食事摂取基準も健康な人を中心とした基準で、疾患がある場合などには、それぞれの治療ガイドライン等に基づいた栄養管理が必要とされています。

私は昔、「ダイエット=体重を減らすこと」だと思っていた。

今は少し違う。

必要以上に食べているなら、少し戻す。

足りていないなら、ちゃんと食べる。

動かなくなったなら、できる範囲で身体を動かす。

睡眠が崩れているなら、そこも気にする。

体重計の数字だけではなく、自分の生活全体を見る。

そんな地味な作業なのかもしれない。

派手ではない。

三日で人生も変わらない。

SNS映えもしない。

でも、私はこういうもののほうが信用できる年齢になった。

朝のヨーグルトを前に固まっていた私は、そのあとトーストも普通に食べた。

以前なら、

「昨日食べすぎたから朝は抜こう」

と思ったかもしれない。

でもその日は、朝食を抜く代わりに、夕方になんとなく買うお菓子を一度だけ見送ってみることにした。

我慢できた私は偉い。

……と言いたいところだけれど、夜にはチョコレートを一つ食べた。

ちゃんとおいしかった。

それでいいと思った。

ダイエットは、自分を罰するイベントではなく、自分の生活を観察する時間なのかもしれない。

たくさん食べているなら、少し減らす。

すでに十分少ないなら、これ以上減らさない。

私が欲しかったのは、できるだけ少ない食事ではなく、できるだけ長く普通に暮らせる食べ方だった。

翌朝。

私はまた同じキッチンでヨーグルトのふたを開けた。

スマートフォンには昨日の食事記録が残っている。

数字は昨日と同じように無口だったけれど、私は前ほど怖くなかった。

まだ理想の体型ではない。

チョコレートとも完全には別れられそうにない。

でも、「食べた自分」を責めるより、「どうして食べたんだろう」と考えられるようになった。

それだけで、昨日より少し、自分との付き合い方がうまくなった気がする。

あなたが最近食べたものの中に、「お腹がすいていたから」ではなく「なんとなく」で食べたものはありますか。



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